中小企業でよくある事業承継問題とは?深刻化した場合のリスクやデメリット、解決方法を解説
多くの中小企業オーナーが現在直面しているのが、事業承継問題です。経営者自身の子どもが自社で働いているような場合には、安心して事業を継がせられるケースが多いです。しかし、子どもが独立して他の仕事をしているような場合、会社を引き継ぐ人がいないという問題が生じます。
会社の経営を長年続けてきたオーナーにとって、後継者を見つけることは重要な課題となっています。そこで本記事では、中小企業でよくある事業承継問題について、深刻化した場合のリスクやデメリット、解決方法を中心にわかりやすく解説します。
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事業承継問題とは
事業承継問題とは、主に中小企業が直面している問題であり、後継者を確保できなかった会社が廃業に追い込まれる問題のことです。
最近の傾向として、中小企業の経営を継ぐ意欲を持つ若い世代の人口が減少しています。後継者が見つからない会社では、特に経営上の問題がなく、顧客に必要とされているとしても、廃業せざるを得ません。廃業すれば、年月をかけて培われた技術や知識が失われるおそれがあります。
事業承継問題は、個々の企業だけでなく、日本全体にとっても深刻な問題です。国内企業の大多数を占める中小企業の廃業が増加すれば、日本経済全体にも大きな影響を与えます。少子化の進行とともに、事業承継に直面する企業は今後さらに増加すると予想されており、国は中小企業の事業承継をサポートするための様々な施策を展開しています。
事業承継とは
事業承継とは、会社や事業の運営を新しい経営者に引き継ぐことです。事業承継には、経営権の移転も含まれ、具体的には会社の株式を新しい経営者に譲渡することにより、経営権を移します。事業承継に伴い、後継者は会社の有形資産と無形資産の両方を手に入れます。
有形資産には、会社・事業に関する設備・機械・工場・事務所・不動産・原材料・在庫商品・現金などが含まれます。一方、無形資産には、会社の経営ビジョン・専門知識・人脈・取引先リスト・顧客情報・特許・商標・意匠権などが含まれます。
個人事業の場合、法人格がないため、株式の譲渡は行えません。そのため、個人事業の事業承継は、事業そのものを譲渡する「事業譲渡」と呼ばれる手法で行われます。
事業承継の相手先
事業承継の相手先(後継者)は、大まかに経営者の親族、従業員など親族外の人物、まったくの第三者の3つに分かれます。これら3つのケースは、それぞれ「親族内承継」「親族外承継」「M&Aによる第三者への承継」と呼称されています。
下表に、事業承継の相手先ごとに見られる主な特徴をまとめました。
定義 | 後継者にするメリット | 後継者にするデメリット | |
親族内承継 | 子どもや配偶者などの親族を相手に事業承継する |
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親族外承継 | 従業員や共同経営者などを相手に事業承継する |
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M&Aによる第三者への承継 | M&Aにより第三者に事業承継する |
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事業承継を行わなかった場合の問題点
事業承継を行わずに廃業を強いられた場合、主に以下のような問題点が生じるおそれがあります。
- 多くの廃業コストがかかる
- 自社の従業員が路頭に迷う
- 自社の製品が消滅する
これらの問題を生じさせないためにも、事業承継の必要性は非常に高いです。それぞれの問題点について、順番に詳しく解説します。
多くの廃業コストがかかる
廃業する際には、さまざまなコストが生じます。例えば、機械設備の処分や従業員に支払う退職金などで、これらのコストは数百万円から1千万円を超えることも少なくありません。
そのため、事業を終了したときに経営者の手元に残るお金が想定よりも少ない額になる可能性があり、これによって退職後の生活が困難になるリスクがあります。
さらに、事業に関連した借金がある場合、自宅などの個人的な資産を売却しなければならないこともあります。借金が完全に返済できない場合は、退職後も働き続けて返済を行う必要が生じることもあるため、廃業する際は家族が借金返済の負担に直面する可能性も考慮する必要があるのです。
自社の従業員が路頭に迷う
廃業による事業の終了に伴い、自社で抱えていた従業員は退職せざるを得なくなりますが、その後に新しい職を見つけるのが困難なことがあります。年齢・その他の要因によって、適切な再就職先を探すのは容易ではない従業員もいるでしょう。
特に突然の廃業の場合は、従業員が新たな仕事を探す時間や機会が限られてしまいます。このような状況は、従業員と経営者間の信頼関係を傷つけるおそれがあるうえに、雇用を失った従業員の家計にも大きな影響を与えることが懸念されます。
自社の製品が消滅する
廃業は、長年にわたり自社で築き上げた事業や開発した製品、サービスがなくなるということを意味します。そのため、廃業は事業主や従業員だけでなく、その他の関係者にとっても残念な出来事となるでしょう。
取引先や顧客への影響を考えると、多くの経営者は廃業に際して後悔の感情を抱くことがあります。
このように、事業承継を行わなかった場合には深刻な問題点が生じますが、事業承継の計画を早い段階で始めることによって、事業を継続させ、最悪のシナリオである廃業を避けることが可能です。
中小企業でよくある事業承継問題
2023年の帝国データバンクの調査によると、後継者不在の企業は53.9%です。近年、全国企業の後継者不在率は年々減少しており、事業承継問題は改善傾向が続いているものの、依然として5割以上の企業で後継者を確保できていない現状があることを認識しておくことが大切です。
本調査では、60歳以上の経営者のうち60%超が、将来的な廃業を予定しており、このうち「後継者難」を理由とする廃業が約3割に迫っていることもわかっています。
足元では、後継者問題は急速な改善が見られるものの、事業承継中に発生した想定外の事態などで事業承継が円滑に進まない事例も多く、後継者決定後の経営者によるサポートも欠かせません。
参考:帝国データバンク「全国「後継者不在率」動向調査(2023年)」
事業承継問題が起きる原因
中小企業で事業承継問題が起きる原因としては、主に以下があると考えられています。
- 後を継ぐ適任者がいない
それぞれの原因について順番に解説しますので、自社の事業承継対策にお役立てください。
後を継ぐ適任者がいない
近年、特に中小企業において後継者を見つけることが一層難しくなっています。かつての中小企業では、経営者の家族(とりわけ子どもたち)が自然に事業を承継するのが一般的でした。しかし、現在は少子化の影響で、経営者の子ども世代の数が減少しています。
以前であれば、一人の子どもが経営を引き継がない場合、他の子どもに任せるという選択肢もありましたが、若い世代の人口が減っている現代ではそうした選択肢も限られているのです。
このような理由で親族や従業員への事業承継が難しい場合、企業は外部から後継者を探す必要が出てきます。しかし、外部の人材は必ずしも企業や業界に精通しているとは限らず、また、どのような人物が経営に適しているかを判断するのも簡単ではありません。このように後継者探しは複雑な問題であり、現代の中小企業にとって大きな課題となっています。
親族外・第三者への事業承継に抵抗を感じる
経営者は、事業承継に関する感情的な問題にも直面しています。多くの経営者は、自分が一から築いた会社、または代々続く家族経営の会社を、外部の人間に渡すことに抵抗を感じます。これは自然な感情ですが、このために理想的な後継者が見つからずに廃業を選択する経営者も少なくありません。
最近では、後継者を親族内で見つけられない経営者のために、M&Aのような新しい手法を用いた事業承継ケースが増えてきています。
しかし、日本の中小企業では、今でも家族内での事業承継が一般的であり、経営者が外部への承継を望んでも、家族・取引先・従業員などから反対されることがあります。特に長年にわたって家族内で事業承継を行ってきた企業では、外部への承継に対する抵抗感が強いことが多いです。
事業承継の手続きをスムーズに進められない
たとえ後継者として適任の人物を見つけたとしても、事業承継のプロセスは必ずしもスムーズに進まないことがあります。株式譲渡のような手続きは中小企業ではそれほど時間や手間をかけずに済ませられることが多いですが、後継者を経営に適したレベルまで育成するためには多くの時間と労力が必要です。
また、親族外の人物に事業を引き継ぐ場合、後継者は会社の株式を購入するための資金を準備する必要があります。従業員が資金を用意するのが難しい場合や、経営者の子供が後継者となる場合は、株式の贈与が一つの選択肢です。ただし、この場合は贈与税がかかりますので、税金の節約対策も考慮する必要があります。
このような事業承継手続きの複雑さによって、最終的に事業が危機に陥り、廃業に追い込まれるケースも珍しくありません。
事業承継について相談できる相手がいない
多くの経営者にとって、事業承継は初めての経験となります。その中で事業承継を成功させるためには、経験豊富なアドバイザーや専門機関の支援を求めることが一般的ですが、所在地や経営者の行動範囲によっては適切な相談先を見つけるのが難しい場合もあります。
後継者不在や承継の進め方に悩んでいても、適切な相談相手を見つけられず、最終的に廃業を選ぶ事例も少なくありません。
現在、中小企業の事業承継を支援するために、民間や公的機関がさまざまな支援を提供しています。しかしながら、特に地方に拠点を置く中小企業の高齢の経営者の中には、こうした情報を得られず、一人で悩みを抱え続けているケースも多くあるのが実情です。
経営者自身が第一線から退く意思がない
多くの経営者は、自身が健康で活動できる間は、事業承継を必要としないと考えがちです。しかし、突然の健康問題や予期せぬ事故などの災難はいつでも起こり得るため、たとえ現在が順調であっても事業承継の計画を早めに立てることが重要です。
「今はまだ大丈夫」という考えは理解できますが、予期せぬ事態に備えて早期に対策を講じることは、事業継続性を確保するために必要不可欠です。
中小企業の事業承継に潜むリスク
事業承継問題を踏まえて、中小企業で後継者を選ぶ際は、そのリスクも把握しておくことも大切です。中小企業の事業承継に潜むリスクは、主に以下のとおりです。
- 後継者に多くの負債を承継してしまう
- 後継者と既存の従業員が対立してしまう
- 遺留分を請求され後継者の経営権が分散してしまう
それぞれのリスクを順番に解説します。
後継者に多くの負債を承継してしまう
事業承継の際、後継者は会社の資産だけでなく、負債も引き継ぎます。特に、借入金を多く抱えている会社を引き継ぐ場合、後継者が引き継ぐ負債は大きなものとなります。
また、一部の会社では、前経営者が個人的な借入で会社の資産を賄っていることもあり、その借入に基づいた資産の引き継ぎが困難な場合があります。会社の運営にこれらの資産が不可欠である場合、後継者が資産の維持に苦労する可能性があり、事業運営に支障をきたすリスクが生じます。
後継者と既存の従業員が対立してしまう
事業承継時、後継者と既存社員の間で意見の対立が生じることがあります。既存の社員の中には長年にわたって会社を支えてきた人もいて、自身のやり方に自信を持っています。一方、若い後継者は新しい経営戦略やアイデアを持ち込むことが多く、こうした世代間の価値観の違いが対立を引き起こす可能性があります。
既存の社員の中には、従来の方針を継続することが会社の安定につながると考える人もいます。一方で、後継者は会社をさらに発展させるために変化を求めることもあります。どちらの考え方も一概に間違っているとは言えませんが、この状況が解決されない限り、会社の運営に支障をきたすおそれがあります。
このような問題を解決するためには、後継者のリーダーシップと調整能力が重要です。双方の意見をうまく取り入れ、共通の目標に向かって社員をまとめる能力が求められます。
遺留分を請求され後継者の経営権が分散してしまう
相続による事業承継を行う際、後継者以外に相続人がいる場合には遺留分に関する問題が発生しやすいです。前経営者の資産である会社の株式について複数の相続人がいる場合、後継者以外の相続人は相続の権利を主張し、遺留分を請求できます。
もしも各相続人に株式が分配されれば、株式が分散してしまい、結果的に後継者の経営権が弱まるリスクがあります。このような状況を避けるためには、生前に適切な相続計画を立てておき、経営の継続性を保ちながら他の相続人との紛争を防ぐことが大切です。
事業承継問題を解決する方法
中小企業の事業承継問題を解決するためには、主に以下の方法を採用するのが効果的です。
- M&Aによる第三者への事業承継を検討する
- 公的制度を活用する
- 専門家に相談する
それぞれの方法を順番に解説しますので、自社の事業承継問題の解決にお役立てください。
M&Aによる第三者への事業承継を検討する
事業承継にはさまざまな手法があり、どの手法を選ぶべきなのかは会社の状況によって異なります。
その中でも親族内や社内で後継者が見つからない場合、M&Aを通じて第三者に事業を承継することが効果的な選択肢となります。M&Aによる事業承継を行うことで、廃業を避けつつ、経営者は株式を売却して利益を得ることが可能です。
ただし、M&Aを利用した事業承継を行う場合、自社について適切な買い手をすぐに見つけられるとは限らないため、早めにM&Aの準備を始め、適切な買い手候補を探すことが重要です。
また、経営が悪化してしまうと、望む価格での売却が難しくなることもあるため、M&Aの適切なタイミングを見極めるために、財務状況を専門家に分析してもらうことも重要です。
公的制度を活用する
政府は、事業承継を支援するためにさまざまな優遇措置を設けています。例えば、「事業承継税制」や「事業承継・引継ぎ補助金」などです。これらの制度を利用することで、相続税や贈与税の一部が免除されたり、事業承継に必要な費用の一部が補助されたりなどのメリットがあります。
これらの優遇措置は、経済的負担を軽減するのに役立つため、各制度の詳細や申請期限などを確認し、積極的に活用すると良いでしょう。
専門家に相談する
事業承継は複雑で高度な知識を必要とするため、これらのプロセスをスムーズに進める際には、専門家の助言を得ることが重要です。
弁護士や税理士、公認会計士、中小企業診断士などの専門家は、事業承継のプロセスについて適切なアドバイスを提供できます。また、事業承継の方法としてM&Aを検討する場合もあるため、事業承継とM&Aの両方に詳しい専門家を選ぶことが望ましいです。
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事業承継問題の解決に役立つ公的支援
ここでは、事業承継問題の解決に役立つ公的支援として、以下を紹介します。
- 事業承継税制
- 事業承継・引継ぎ補助金
- 事業承継・引継ぎ支援センター
- 日本政策金融公庫等の融資・信用保証等
- 事業承継時の経営者保証解除に向けた総合的な対策
- 株式の集約に向けた遺留分に関する民法の特例
- 株式の集約に向けた所在不明株主に関数野求人会社法の特例
- 中小企業基盤整備機構ファンド事業
それぞれの特徴を理解し、必要に応じて自社の事業承継に役立てましょう。
事業承継税制
事業承継税制とは、非上場の株式等の承継に伴う贈与税・相続税の負担を軽減する措置のことで、親族内の人物や従業員への事業承継で活用できます。
事業承継税制は、2008(平成20)年に創設された制度ですが、2018(平成30)年に改正が行われ、事業承継税制(特例措置)が設けられました。
事業承継税制(特例措置)では、2018年(平成30年)1月1日から2027年(令和9年)12月31日までの贈与・相続であれば、従来は納税猶予だけであった相続税や贈与税の免除を受けることが可能になりました。ただし、事業承継税制(特例措置)の適用を受けるためには、2024年3月までに特例事業承継計画を提出し、2027年までに事業承継を実施する必要があります。
事業承継税制の申請要件や手続きについて、詳細は中小企業庁のWebサイトでご確認ください。
参考:中小企業庁「事業承継税制(一般措置)の前提となる認定」
事業承継・引継ぎ補助金
事業承継・引継ぎ補助金とは、事業承継を契機として新しい取り組み等を行う中小企業者等及び、事業再編、事業統合に伴う経営資源の引継ぎを行う中小企業者等を支援する制度のことです。
事業承継・引継ぎ補助金には、以下3つの類型があります。
類型 | 補助上限額 | 補助率 | 対象経費 | 対象者 |
経営革新事業 | 600万円〜800万円 | 1/2〜2/3以内 |
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事業承継やM&Aを機に、経営革新にチャレンジする事業者 |
専門家活用事業 | 600万円 | 1/2または2/3以内 |
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M&Aで他者から事業を引き継ぐ事業者、M&Aで他者に事業を引き継ぎたい事業者 |
廃業・再チャレンジ事業 | 150万円 | 2/3以内 |
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既存事業を廃業して新しい事業にチャレンジする事業者 |
事業承継・引継ぎ補助金の申請要件や手続きについて、詳細は公式サイトでご確認ください。
参考:事業承継・引継ぎ補助金
事業承継・引継ぎ支援センター
事業引継ぎ支援センターとは、後継者不在に悩む中小企業・小規模事業者に対して第三者への承継を支援するため、国が2011年度から事業引継ぎ相談窓口とともに各都道府県に設置している機関のことです。
事業承継・引継ぎ支援センターでは、中小企業の事業承継に関するさまざまな相談に対応しています。具体的な対応の内容としては、親族内・第三者への承継を支援したり、後継者不在の会社を支援したり、経営者保証解除に向けた支援を行ったりなどです。
事業承継・引継ぎ支援センターでは、後継者不在の会社と創業を目指す起業家を引き合わせるマッチングの支援も行っています。マッチング支援を受けることで、後継者不在の会社は事業を絶やすことなく次世代に引き継げたり、事業の存続を望む従業員や取引先などの望みに応えられたりする点がメリットです。
日本政策金融公庫等の融資・信用保証等
日本政策金融公庫等の融資・信用保証等を活用することで、株式の買い取りや相続税の支払いなど承継時に必要となる各種の資金に対して融資や信用保証を受けることが可能です。
日本政策金融公庫等の融資・信用保証等を活用する際は、経営承継円滑化法に基づく認定を受ける必要があります。
経営承継円滑化法に基づく認定後、個人(会社代表者など)は、日本政策金融公庫または沖
縄振興開発金融公庫の融資制度を利用できるようになります。
また、経営承継円滑化法に基づく認定後、中小企業者または個人(会社代表者など)が、金
融機関から資金を借り入れる場合には、原則として信用保証協会の通常の保証枠とは異なる以下の別枠を利用できるようになります。
通常枠 | 別枠 |
普通保険【2億円】 | 通常枠+2億円 |
無担保保険【8,000万円】 | 通常枠+8,000万円 |
(特別小口保険【2,000万円】) | 通常枠+2,000万円 |
事業承継時の経営者保証解除に向けた総合的な対策
事業承継時の経営者保証解除に向けた総合的な対策とは、事業承継時に経営者保証が後継者候補確保の障害となっていることを踏まえ、金融機関と中小企業者の双方の取組を促す、総合的な対策のことです。
事業承継時の経営者保証解除に向けた総合的な対策の取り組み例として、中小企業庁は中小企業活性化協議会における収益力改善支援において、ガバナンス体制の整備支援を実施しています。ガバナンス体制の整備に取り組むことで、企業の信用度が高まり、金融機関との取引状況の改善ひいては経営者保証の解除の可能性が高まるとされています。
また、全国の信用保証協会では、事業承継時に経営者保証を不要とする新たな信用保証制度(事業承継特別保証制度)の取扱いを開始しています。
参考:中小企業庁「事業承継時の経営者保証解除に向けた総合的な対策」
株式の集約に向けた遺留分に関する民法の特例
株式の集約に向けた遺留分に関する民法の特例とは、後継者が先代経営者の推定相続人との間で遺留分に関する各種の合意をすることができるものです。
経営承継円滑化法の遺留分に関する民法の特例を活用することで、後継者および先代経営者の推定相続人全員の合意の上で、先代経営者から後継者に贈与等された自社株式の価額について、以下の行為をすることが可能となります(両方を組み合わせることも可能です)。
- 遺留分を算定するための財産の価額から除外(除外合意)する
- 遺留分を算定するための財産の価額に算入する価額を合意時の時価に固定(固定合意)する
除外合意をすることで、後継者が先代経営者から贈与等によって取得した自社株式の価額について、他の相続人は遺留分の主張ができなくなるため、相続紛争のリスクを抑えつつ、後継者に対して集中的に株式を承継させることが可能です。
また、固定合意をすれば、自社株式の価額が上昇しても遺留分の額に影響しなくなるため、後継者の経営努力により株式価値が増加しても、相続時に想定外の遺留分の主張を受けることがなくなります。
参考:中小企業庁「遺留分に関する民法特例のポイント(会社向け)」
株式の集約に向けた所在不明株主に関する会社法の特例
会社法上、株式会社では、所在不明株主に対して行う通知等が5年以上継続して到達せず、当該所在不明株主が継続して 5 年間剰余金の配当を受領しない場合、その保有株式の競売又は売却(自社による買取りを含む)の手続きが可能です。しかし、5年という期間の長さが、事業承継の際の手続き利用のハードルになっていました。
そこで、株式の集約に向けた所在不明株主に関する会社法の特例が設けられ、経営承継円滑化法における都道府県知事認定を受けた株式会社では、所在不明株主の株式の取得に要する手続の時間を5年から1年に短縮することが認められるようになりました。
中小企業基盤整備機構ファンド事業
中小企業基盤整備機構ファンド事業とは、中小企業に対する投資事業を行う民間機関などとともに投資ファンドを組成し、中小企業への資金調達の円滑化と踏み込んだ経営支援を通じて、ベンチャー企業や既存中小企業の新事業展開の促進または中小企業者の再生を支援する、中小機構の事業のことです。
中小企業基盤整備機構ファンドを活用することで、中小企業では、MBO(Management Buyout)を活用した事業承継の選択肢も取れるようになります。
事業承継にあたって、経営者の親族でない人に経営権を譲る際は有償譲渡とするのが一般的であるため、株式の買い取り資金を調達する必要があります。
しかし、MBOによる事業承継では、SPC(特別目的会社)の法人を利用して金融機関やファンドから資金を調達できるため、後継者に株式を取得する資金が足りない場合でも、経営権を取得させられる可能性が高まります。
事業承継問題を事前に防ぐためのポイント
最後に、事業承継問題を事前に防ぐためのポイントとして、以下の3つを取り上げます。
- なるべく早い段階から事業承継の準備を進める
- 後継者の育成にじっくりと時間をかける
- 自社のブランド・技術・ノウハウを外部にアピールする
それぞれのポイントを理解・実践し、事業承継問題を未然に防ぎましょう。
なるべく早い段階から事業承継の準備を進める
事業承継を成功させるためには、後継者の育成、税金対策、買収資金の準備などに、十分な時間を確保する必要があります。経営者の健康問題など緊急の事態が発生してから事業承継の準備を始めても、間に合わないことが多く、結果的に廃業に追い込まれてしまいかねません。
そのため、後継者の意向を確認しておくことも含め、早期から事業承継について準備を始めることが大切です。弁護士や税理士や中小企業診断士などの専門家に相談しながら事業承継の準備を進めていくことで、より安心して事業承継のプロセスを進められるでしょう。
後継者の育成にじっくりと時間をかける
事業承継のプロセスにおいて、特に多くの時間を要するのが後継者の育成です。事業承継にあたって、後継者には会社に関する重要な情報を全て伝え、経営に必要なスキルを身に付けさせる必要があります。
また、後継者が経営を引き継いだ後の社内の混乱を避けるためには、後継者の育成を従業員や現経営者の家族など関係者への周到なコミュニケーションと並行して進めなければなりません。
以上の点を踏まえて、事業承継では、育成計画を綿密に立て、具体的な期限を設定し、それに基づいて後継者育成のロードマップを作成する必要があります。そして事業承継計画を進める際は中間目標を設けて、初期の目標を確実に達成できるよう管理することが大切です。
自社のブランド・技術・ノウハウを外部にアピールする
M&Aにより第三者から後継者を探す際は、自社の魅力を最大限にアピールすることが重要です。そのためには、あらかじめ自社の能力やブランド力を強化する長期戦略を構築して自社を運用していくことが必要です。独自の魅力を持つ企業は、M&A市場で買い手企業の注目を集めやすくなります。
企業価値を高めるためには、自社を詳細な分析し自社の強みを明確にして、それらを伸ばす戦略を立てることが大切です。
また、積極的なマーケティングを行い、自社ブランドの外部への露出を増やすことも大切です。これにより、自社の存在感を高め、M&A市場での魅力的な選択肢としての立ち位置を確立できるようになるでしょう。
まとめ
事業承継の成功には、事前の計画と早期の対策が不可欠です。後継者の選定や育成のほか、M&Aを考慮した戦略を策定するためには、数年の時間が必要とされます。多くの中小企業が廃業を余儀なくされる大きな要因に、対策を遅らせてしまい、時間が足りなくなることが挙げられます。
したがって、現経営者の引退時期がまだ先の未来であったとしても、現段階で取り組むべき事項から事業承継の準備を始めることが重要です。
法的問題を避け、事業承継をスムーズに進めるためには、事業承継とM&Aの両面に詳しい弁護士に相談しましょう。専門家からアドバイスを得ることで、最適な事業承継の方法を見つけ出すことが可能です。