相続放棄が認められない事例とは?失敗しないためのポイントや対策を分かりやすく解説
相続放棄とは
相続放棄とは、相続人としての権利自体を完全に放棄する意思表示のことをいいます。民法上、人が死亡した際に、相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する、と定められています(民法896条)。しかし、遺産相続を希望しない相続人もいますので、そういった方のために相続放棄という制度が設けられています。
被相続人に資産以上に大きな負債があった場合には、相続放棄をすることで債権者からの返済請求から逃れることができます。また、相続放棄をすることで、損害賠償責任などの責任からも逃れることができます。
相続放棄が認められない事例
相続放棄とはどのような場合認められないのでしょうか。下記で事例を踏まえて詳しく説明していきます。
法定単純承認が認められた場合
法定単純承認とみなされる行為を行った場合、相続放棄は認められません。法定単純承認とみなされてしまう事例としては以下のようなものがあります。
- 遺産を使い込んだ
- 相続財産を捨てた
- 相続財産の改修をした(自宅不動産が壊れており、修繕しなければ価値が失われるという場合に、必要な限度内で補修することは、自宅不動産の価値を保存する行為として、法定単純承認には該当しないと考えられる場合もあります。)
- 相続財産を譲渡した
- 相続財産の名義を変更した
- 相続財産を隠した
- 被相続人の預貯金を解約し、払い戻した
- 被相続人の賃貸物件の賃料を借主に請求し、賃料の振込先を相続人自身の鋼材に変更した
- 相続財産に担保権を設定した
- 被相続人が保有していた株式の議決権を行使した
- 遺産分割協議への参加(相続債務がないと誤信して遺産分割協議へ参加した場合に、誤信したことに相当な理由があるとされれば、相続放棄が認められる可能性があります)
- 期日が未到来の相続債務を相続財産から弁済した
- 不動産や車の名義変更をした
- 電話や光熱費などの被相続人宛の請求書が来たので支払った
法定単純承認が認められてしまう事例として、多くのケースが考えられます。日常的な行為が法定単純承認となってしまうこともあるので注意しておきましょう。
必要な書類に不備や不足があった場合
相続放棄の申立てには、被相続人の最後の住所地が管轄の家庭裁判所に相続放棄申述書及び必要な書類を提出する必要があります。必要な書類として、基本的には被相続人の住民票除票又は戸籍附票、被相続人の除籍謄本、相続人の戸籍謄本があります。これら書類に不備があった場合、基本的に書類の不備を修正するよう家庭裁判所から連絡があります。
この不備を正さなければ相続放棄の申述は認められません。
熟慮期間が過ぎてしまった場合
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3カ月以内に相続放棄をする必要があります。この期間のことを「熟慮期間」といいます。熟慮期間内に相続人は単純承認、限定承認、相続放棄のいずれかを選択しなければなりません。また、この熟慮期間は延長できる可能性があります。
相続放棄をするかの判断が難しい場合は、家庭裁判所に申し立て、熟慮期間の延長も検討してみましょう。なお、熟慮期間伸長の申立ては、当初の熟慮期間内に行う必要があるので注意しましょう。
また、熟慮期間が過ぎてしまうと、相続放棄は受理されず、債務を含めたすべての財産を「単純承認」したとみなされます。しかし、熟慮期間が経過しても相続放棄が認められる場合があり、以下で詳しく解説していきます。
本意で行った相続放棄ではなかった場合
被相続人が望んで相続放棄をしていなかった場合、相続放棄が認められないことがあります。具体的な事例としては以下の通りです。
- 相続放棄をするようにと脅されて相続放棄をした
- 相続放棄申述書を偽造されて勝手に相続放棄の手続きをされた
- 自分の子供と一緒に相続人となった親が家庭裁判所の許可を得ずに子供だけ相続させた
- 被相続人に借金があると騙されて相続放棄をしてしまった
これらの事例のように、他の相続人などから嘘をつかれたり、脅されたりして行った相続放棄は認められません。もし本当の情報を知っていれば相続放棄などしなかった、となった場合は、裁判所も相続放棄を認めるわけにはいかないためです。また、相続放棄が認められた後になって事実が発覚した場合でも、相続放棄の取り消しが出来る可能性があります。
熟慮期間が経過しても相続放棄が認められることもある
熟慮期間が経過した後の相続放棄は原則的に認められません。しかし、特別な事情がある場合、熟慮期間が経過した後でも相続放棄が認められることがあります。特別な事情に関しては、以下の最高裁判決が参考になります。
最判昭和59年4月27日
「相続人が、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内に相続放棄をしなかったのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて、その相続人に対し、相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において上記のように信じたことについて相当な理由があると認められるときには、相続放棄の熟慮期間は相続人が相続財産の全部または一部の存在を認識した時、または通常これを認識し得べき時から起算すべきものである」
本判決によると、熟慮期間が経過した後の相続放棄が認められるための特別な事情として、以下の3つのポイントが挙げられています。
- 被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたこと
- 相続人に対し、相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があること
- 被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたことについて相当な理由があること
上記3つの事情が認められる場合には、例外的に熟慮期間の起算点が後ろに繰り下げられ、熟慮期間が経過した後の相続放棄も認められることになります。
被相続人に相続財産が全くないと信じていた場合
上記の判決の通り、被相続人に相続財産が全くないと信じていた場合、相続財産を全部又は一部の存在を認識した時から3カ月以内に相続放棄を申述すれば、熟慮期間が経過した後の相続放棄でも認められる可能性があります。
しかし、「相続財産の存在を知らなかったことに相当な理由」があると認められるかどうかがポイントです。以下のような場合は「相当な理由」として認められる可能性が高いでしょう。
- 生前の被相続人と交流がほとんどなかった
- 財産らしきものが一見して見当たらなかった
- 弁護士などに被相続人の財産調査を依頼した際、債務の存在が判明しなかった
- 債務の存在を示す資料(借用書、契約書など)が破壊されていた
被相続人の借金が後から判明した場合などにも、熟慮期間が経過した後の相続放棄が広く認められています
相続財産の一部を知っていた場合でも相続放棄が可能なことがある
過去の裁判例には、相続財産の一部を知っていたときでも、自分が相続する相続財産がないと信じ、そのように信じたことに相当な事情がある場合、熟慮期間経過後も相続放棄することが出来るとした裁判例もあります(福岡高裁平成27年2月16日決定)。
この福岡高裁の事例では、父が商売をしていて父の財産は他の兄弟が相続するので、自分の相続分はないと思っていた。ところが、父の死亡後数十年たったのち、父が保証人になっていた債権者から、突如として支払いを求められたというものです。
この事例の場合、判例は熟慮期間の起算点を繰り下げることを認めています。
相続放棄が認められないと誤解しやすいケース
誤解しやすいが実は相続放棄が認められるという事例があるので、以下で説明します。
被相続人が死亡したと知らずに被相続人の自宅にある現金で支払いを行った場合
多額の借金のある父が家出をして行方不明になった後、子が父の財産を処分したが、そのあとに、家出をした日の夜に亡くなっていたことが判明したという事例があります。この判例では、当該財産処分行為によって単純承認は成立しないと判断されました(最判昭和42年4月27日)。
本判決では、例え相続人が相続財産を処分したとしても、処分当時に相続開始の事実(被相続人の死亡)を認知していないときは、相続人に単純承認の意思があったと認めることはできず、単純承認とみなすことはできないとしています。
また、処分により単純承認が成立するためには、相続人が自己のために相続開始の事実を知りながら処分したか、又は相続人が被相続人の死亡した事実を確実に予想しながら、あえて当該処分行為をしたことが必要とされています。
相続財産から葬儀費を支払った場合
過去の裁判例では、相続財産から葬儀費や仏壇及び墓石の購入費用を支出することは、相続財産の「処分」には当たらないと判断した判例があります(大阪高決平成14年7月3日)。
葬儀は、社会的儀礼として必要性が高く、相当額の支出を伴うものです。そのため、被相続人に相続財産があるときには葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえず、葬儀費用の支出は相続財産の処分には該当しないとされました。
また、仏壇や墓石の購入費用への充当について、仏壇や墓石を購入し、死者を弔うことは通常の監修になっています。そのため、相続財産を仏壇や墓石の購入に利用することは自然なことであり、相続財産の処分には該当しないとされています。
しかし、葬儀費用や仏壇、墓石が不相当に高額な場合には、処分と判断される可能性があるので注意が必要です。
相続財産から未払医療費を支払った場合
過去の裁判例では、「警察から引き取った被相続人の所持金に自己の所持金を加えた金員をもって、被相続人の未払医療費や火葬費用に充てた行為は、人倫と道義上必然の行為であり、公平ないし信義則上やむを得ない事情に由来するものであることから、法定単純承認事由である相続財産の処分にはあたらない」としたものがあります(大阪高決昭和54年3月22日)。
もっとも、この事例では、わずかな被相続人の所持金に、法定相続人が自身の所持金を加えて支払いを行い、未払医療費も火葬費用も少額という、特殊な事情が含まれています。そのため、この事例とは異なり、未払医療費が多額であった場合、相続財産から支払うと処分にあたり、単純承認が成立して相続放棄ができない可能性があるので注意しましょう。判断が難しい場合には、弁護士に相談してみるべきでしょう。
財産的価値のない物の形見分けをした場合
「形見分け」は故人を偲ぶ目的で行われ、故人が愛用していた品物を親戚や友人に分けることを言います。形見分けをする財産に財産的価値がない場合には、相続財産の処分に該当しないとされています。(松山簡判昭和54年4月25日)。
例えば、被相続人が生前大切にしていた古い時計とボールペンがあったとします。それらを形見分けしたとしても、それらが財産的価値を持たない場合は、相続財産の処分には当たらない可能性が高くなるでしょう。
相続放棄が出来なかった場合どうなるか
相続放棄が認められず、不受理となった場合、相続放棄申述受理通知書を受け取った翌日から2週間以内に、即時抗告の申し立てが可能になります。しかし、一旦相続放棄が不受理と判断されたものを覆すためには、相当な理由を用意しなければ即時抗告も不受理となってしまう可能性が高いです。
即時抗告が受理される可能性を少しでも上げたい方は、相続放棄に詳しい弁護士や司法書士に依頼して、照会書や申述書を作成してもらうとよいでしょう。
相続放棄に失敗しないためのポイント
相続放棄で失敗しないための対策として、以下の4つのポイントを抑えておきましょう。
遺産を適正な方法で管理すること
法定単純承認にあたらないように、相続財産を適正な方法で管理する必要があります。法定単純承認に該当する行為は上述してきた通りですので、今一度確認し、相続財産の管理する際には、法定単純承認にあたる行為を行わないよう十分に注意しましょう。
熟慮期間を過ぎないよう心掛けること
相続開始から3カ月以内に、相続放棄の手続きを行う必要があるため、期限内に手続きを完了するようにしましょう。特に、相続財産が借金のみである場合は相続放棄の決断を早くできますが、借金も財産もあるケースだと悩んでしまうでしょう。そのため、相続放棄の手続きは、期限内に完了するために余裕をもって行うようにしましょう。
また、相続対象者共通の期限を決めておくことも重要です。例えば、自分が相続放棄することを決めていたとしても兄弟がまだ迷っているため、相続放棄の手続きに入ることが出来ないということが考えられます。自分だけ相続放棄をしても兄弟が期限切れになり、借金を背負うことになれば、家族間でトラブルが発生することが想定されます。したがって、相続人が複数人いる場合は、相続対象者共通の期限を定めておくべきでしょう。
相続財産を全て把握してから判断する
被相続人の相続財産を全て把握してから相続放棄を行うかどうかの判断をしましょう。財産調査をしっかり行っていたとしても、後から被相続人が抱えていた負債が発覚するケースはよくあります。そのため、確実に相続財産を全て把握してから、相続放棄をするかどうかの判断をするようにしましょう。
迷ったら専門家に相談する
被相続人に財産も負債もあって相続放棄するべきなのか分からない場合や、相続税を考慮すると相続財産がマイナスになるかもしれない場合があります。そういった相続放棄をする判断が難しいときには、専門家に相談することをおすすめします。いざ相続すると、借金の返済や税金で結局財産がほとんど残らなかったというケースもよくあります。
ですので、少しでも相続放棄の可能性があるときは、専門家のアドバイスはとても参考になります。最善の選択をするためにも、相続放棄に詳しい弁護士や司法書士に相談してみましょう。
相続放棄が認められなかった場合の対処法
家庭裁判所が相続放棄の申述を却下した場合、その決定に不服があれば、2週間以内であれば高等裁判所に即時抗告をすることが出来ます。家庭裁判所が相続放棄の申述を却下するのは、法定単純承認が成立している場合や、熟慮期間の3カ月が経過している場合がほとんどです。
もし、特別な事情が認められれば、法定単純承認にはあたらないと判断される可能性や、熟慮期間の3カ月を繰り下げることができる可能性があります。即時抗告を検討する場合は、相続放棄に強い弁護士に相談するべきでしょう。
まとめ
以上、相続放棄が認められない事例について詳しく解説してきました。相続放棄は、法定単純承認にあたる場合、必要な書類に不備や不足が認められる場合、熟慮期間が過ぎた場合に認められない可能性があります。
しかし、特別な事情がある場合は、熟慮期間が過ぎた後でも、相続放棄が認められることがあります。また、相続放棄が認められるかどうかを適切に判断するためには専門的な知見が必要になります。そのため、相続放棄をする可能性が少しでもある場合は、できるだけ早く専門家に相談されるとよいでしょう。