認知症による財産管理デッドロック対策には家族信託・民事信託!
本来終活とは、認知症発症時から相続開始までを視野に入れて行うものです。
見落としがちなのは、高齢者の認知症リスクに「財産デッドロック問題」が付随する点でしょう。問題を回避するには、まだ本人に十分な判断能力があるうちに、所有財産を家族が管理できる状態にしておく必要があります。
家族に財産管理を委ねる制度には、成年後見をはじめとする複数の制度が用意されています。なかでも専門家としておすすめするのは「個人信託(家族信託・民事信託)」です。
まずは財産管理に関する複数の制度を紹介し、個人信託の特徴・メリット&デメリットについて解説します。
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この記事で分かること
- 個人信託の仕組み
- 個人信託にしかない特有のメリット
- 他の財産デッドロック対策(後見制度等)の特徴
- 個人信託の注意点
認知症の人の財産はどうなるのか
ある人が所有する財産(預貯金・不動産・有価証券など)について、本人から委任されていない人が代わりに管理することは、法律上認められません。我が国の法律では、所有権は極めて強力なものとして機能しているからです。
もし財産所有者が認知症や知的障碍を発症すると、所有権の特性が以下のような「財産デッドロック」の状態を形成してしまいます。
認知症発症時によくあるトラブル
- 介護費用が必要なのに、本人名義の預貯金が下せない
- 住居のバリアフリー化が必要なのに、リフォーム契約が出来ない
- 相続税対策のため不要な土地建物を売却したいのに、家族では出来ない
デッドロック発生を未然に防ぐには、なるべく本人に判断能力があるうちに、支援者となる予定の人が財産管理できるようにしておくべきでしょう。
そのためのひとつの方法が「個人信託」です。
個人信託(家族信託・民事信託)とは
個人信託とは、本人に判断能力がある間に、信頼できる人物を財産管理人とする(=信託)ことを目的として結ばれる契約です。
信託の仕組み上、契約締結時に財産名義人が支援者となります。契約以降、預貯金の引き出しから不動産取引とメンテナンスに至るまで、支援者の自由意志に沿って財産管理を行うことが出来ます。
最大の特徴は、契約内容を自由に定められる点にありますで。
財産管理だけでなく、後見事務・死後事務・死亡時の財産の扱いまで、本人の意思に基づいて一括で契約しておけるのです。
個人信託(家族信託・民事信託)の特徴
- 認知症発症前(判断能力があるうち)に契約する
- 本人の意思に基づいて契約内容を決める
- 財産管理以外の事項も定められる
家族信託と民事信託の違い
個人信託のうち、本人の家族を財産管理人として契約するものを「家族信託」・第三者を財産管理人とする契約を「民事信託」と呼びます。
個人信託の仕組み
家族信託・民事信託とは、具体的にどのような仕組みを持つのでしょうか。解説に先立ち、まずはそれぞれの呼称を整理します。
家族信託・民事信託の当事者の呼び方
- 委託者:財産管理を任せる人
- 受益者:財産管理を任せることにより、利益を得られる人
- 受託者:財産管理を行う人
- 信託監督人
契約上、委託者=受益者となるのが一般的です。
さらに、契約の当事者となる人=父・母・子とのように3人以上指定することも出来ます。
父母の財産管理を子が行うケースなら「父=委託者かつ当初受益者」「母=二次受益者」とのように定めます。
家族信託の仕組み
家族信託の特徴は、家族のうち次世代にあたる人(一般的には子)が受託者となることです。
まずは親子2名のあいだで家族信託を行うとして、契約から相続開始までの流れを紹介します。
親子2名で信託する場合
父…委託者かつ受益者
子…受託者
- 父がまだ元気なとき:子が父の財産管理を行う
- 父の判断能力が低下したとき:継続して子が管理
- 父の死亡時:信託の終了に伴い、父から子へ財産の移転が起こる
以上③のように、遺言ではなく信託契約の内容によって、遺産分割協議を経ずに子へと遺産承継を発生させられます。
次に、父母と子の3名で家族信託をする場合の流れを紹介します。
親子3名で信託する場合
父…委託者かつ当初受益者
母…二次受益者
子…受託者
- 父がまだ元気なとき:子が父の財産管理を行う
- 父の判断能力が低下したとき:継続して子が管理
- 父の死亡時:母が遺産承継の上受益者となる(財産管理は子が行う)
- 母の死亡時:信託の終了に伴い、母から子へ財産の移転が起こる
以上③~④のように、家族信託では二次承継(ここでは父→母→子の計2回の遺産承継)も契約時に取り決めておくことが出来ます。
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民事信託の仕組み
民事信託では、弁護士法人や銀行などの第三者が受託者となります。本来信託業務には営業許可が必要ですが、民事信託においては許可不要です。その代わり、受託者は報酬を受け取りません。
民事信託を利用する場合
父…委託者かつ受益者1
子…受益者2
民事信託を行う法人…受託者
- 父がまだ元気なとき:受託者が子の意思に沿って財産管理を行う
- 父の判断能力が低下したとき:継続して受託者が財産管理
- 父の死亡時:信託の終了に伴い、受託者子へ財産の移転が起こる
民事信託では、契約により信託監督人・受益者代理人を設置するのが一般的です。
本例では父子と受託者との間で契約を行っていますが、父母と子を交えた二次承継対策でも民事信託を利用することが出来ます。
個人信託のメリット
高齢者とその家族にとって、解決すべき問題は財産デッドロック対策だけではありません。認知症患者を狙う悪質取引からの保護に始まり、死亡時の事務処理・相続対策まで、生前準備として検討したい事項は山積しています。
こうした生前準備全般について、「本人の利益保護」よりも「本人と家族の意思を最大限尊重すること」を中心に一挙解決できるのが、個人信託のメリットです。
生前準備に必要なこと |
|
タイミング | 本人に必要なこと |
認知症発症前 | 段階的な財産管理権の移譲 |
認知症発症後 | 法律行為のサポート体制財産デッドロック対策 |
死亡時 | 死後事務遺言書に基づく遺産分割
相続税対策 |
家族信託あるいは民事信託により享受できるメリットを大きく分けると、以下4点となります。
段階的に財産管理を任せられる
第一のメリットは、段階的に無理なく財産管理の幅を広げられる点です。
通常、老齢による体力低下・判断能力の低下は、段階的に始まるものでしょう。本人の意思なしにどこまで財産管理を進めるべきか、身近な人でも見極めが難しいのが現実です。
これに対して個人信託では、契約内に複数の条項を設けることで、受託者の権限を以下のように段階的にコントロールできます。
個人信託の一例
- 契約時(判断能力低下前)…預貯金・有価証券・収益用不動産の管理のみ任せる
- 認知症発症時…本人の老人ホーム入居に伴い、居住用不動産の処分を認める
→無人の居住用不動産に先々かかるコスト(固定資産税やメンテナンス費)を回避し、売却価格を最大化できる。
遺言の代替手段として使える
仕組みの解説で紹介した通り、個人信託においては信託の終了後(=死亡時)の所有権移転についても契約内で指定できます。遺言書で遺贈先を指定せずとも、特定の相続人に遺産承継させることが出来るのです。
さらに、遺言書にはない下記の付随機能もあります。
家族信託・民事信託にしかない遺言機能
- 二次承継先の指定
…父母と子が契約当事者となる例のように、二次受益者を定めることで、2回目の相続発生時の承継先を指定できます。これにより、財産の分散・相続人同士のトラブルの両方を防止できます。
遺留分侵害トラブルの事前解決
…個人信託の契約時、相続予定人に保障された最低限の相続分(=遺留分)を確保した上で、財産管理を開始します。つまり、実質的に遺留分侵害請求トラブルの生前解決策として機能します。
重要取引(居住用不動産のメンテナンス等)も一任できる
本人に代わって財産管理する人の重要な役割は、法律行為(商取引での契約など)で法定代理人としての役割を務めることです。
ところが、以下のような重要な行為においては「たとえ認知症であっても本人の意思を確認しないと応じられない」と言われてしまうケースがあります。
本人の意思が重視される法律行為
- 土地建物の売却
- 金融機関での重要な申請(まとまった額の出金など)
- 居住用不動産のリフォーム・メンテナンス
個人信託では、これらの手続きも受託者の意思で自由に行えます。
信託契約時に法務局に登記を行い、その登記事項証明書をもって、取引の相手方に重要な法律行為に応じてもらうことが出来るからです。
受託者に相続税対策&資産運用を任せられる
重要取引が出来ることに加え、財産管理する人の判断や行為には、家庭裁判所等による制限がありません。これにより、受託者に相続税対策や資産運用も任せられます。
相続税対策&資産運用の一例
- 株式や債券の購入
- 収益用不動産(アパート等)の新築・売却
生前に次世代が資産管理のテクニックを磨けることから、相続開始のその時を迎えても、大きな混乱なくスムーズな遺産承継を実現できます。
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他にもある財産デッドロック問題の対処法
家族信託・民事信託以外にも、判断能力低下時の財産管理人(あるいは法定代理人)を定める方法は複数あります。
ただし、いずれも完璧なものとは言えません。計4つの対策(財産管理人を定める制度)のメリット&デメリットをまとめたものが以下表となります。
制度の種類 |
活用タイミング |
メリット |
デメリット |
成年後見(民法) | 認知症発症後 |
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任意後見(任意後見契約法) | 認知症発症前 |
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財産管理委託契約(個人間の自由意志によるもの) | 認知症発症前(身体機能が低下したとき) |
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個人信託(信託法) | 認知症発症後 |
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※個人信託のデメリットについては、後ほど詳しく解説します。
個人信託以外の各制度の特色を紹介すると、以下の通りです。
成年後見とは
成年後見とは、すでに判断能力の低下がみられる人に対し、家庭裁判所が成年後見人を選任・監督する制度です。民法で定められていることから「法定後見制度」と呼ばれることもあります。
成年後見人には、預貯金の入出金や不動産売買などを自己判断で行える他、日常生活や医療介護に関する契約(法律行為)全般を法定代理人として行う権限も与えられます。
成年後見の問題点
成年後見人として財産処分や重要取引を行う際は、家庭裁判所の許可が必須です。
加えて、成年後見人に許される業務は財産評価額を減らさない範囲に留まります。したがって、相続税対策や資産運用は一切許可されません。
以上の点から、本人や家族の意向を相続まで含めた財産管理に反映させる上で、成年後見は不向きだと言わざるを得ません。あくまでも準備なしで認知症発症に至ってしまったときの対処策として活用するものです。
任意後見とは
任意後見とは、まだ判断能力が十分あるうちに、本人と支援者の意志に基づいて後見契約を結ぶ制度です。判断能力の低下が始まると、家裁への申立によりただちに契約が発効し、成年後見と同じく家裁による監督が開始されます(将来型)。
任意後見は後見制度に比べ、より「本人と家族の意思尊重」を重視した制度です。
信頼できる人物を後見人に指定できる点・後見事務や死後事務を定めて置ける点については、個人信託に似ています。
任意後見制度の問題点
個人信託と任意後見の最大の違いは、遺言機能がない点です。
後見終了時(=死亡時)の所有権移転については、別途遺言書で事細かく遺贈等を取り決めておく必要があります。当然、二次承継に本人の意思を反映させることは出来ません。
契約発効後についても、家裁による監督(任意後見監督人)には月額1~3万円程度の報酬が生じます。加えて後見人には報告義務が課せられることから、完全に認知症当事者の意志を反映できるとは言えません。
財産管理委託契約とは
財産管理委任契約とは、まだ判断能力が十分あるうちに、第三者や家族などと財産管理・後見事務に関する契約を結んでおく事です。
機能は任意後見とほぼ同じですが、違いは契約がすぐ発効する点です(即効型)。
財産管理委託契約が向いている状況としては、判断能力よりも先に体力から低下が始まったときです。本人が外出できない等の理由で、財産の管理処分・法律行為等の代理人が必要となったとき、緊急的に締結されるものと考えられます。
財産管理委託契約の問題点
致命的なのは、受託者(=後見制度では後見人と呼ばれる立場/支援者)による不正のリスクが高い点です。
財産管理委託契約は後見制度ではなく、あくまでも本人の自由意志に基づいて財産を預ける契約です。本人保護の必要性が低いと法律上認識されるため、家裁による監督がありません。
家裁の監督がないことで、代理人としての信頼性が低いのも問題です。
金融機関への重要な申請・不動産売却などの場面では、受託者単独での手続きが認められません。成年後見と同じく、受託者が出来る行為に強い制限があるのは難点です。
家族信託・民事信託のデメリット
個人信託には多くのメリットがありますが、この契約ひとつで生前準備を完結できるものではありません。認知症患者に必要なサポートや税申告の面において、やや不都合が生じることもあります。
遺言機能には限界がある
個人信託の契約内容に含めることが出来ず、遺言書のみ実現可能な行為として、以下2点が挙げられます。
- 子の認知・相続人の廃除(または廃除の取消)
個人信託で「身分行為」を行うことは認められていません。
死亡時に子を認知して遺贈または遺留分を認めたり、一部の相続人を廃除(相続分を失わせること)をしたりするためには、遺言書を作成する必要があります。
- 遺留分減殺対象財産の順序指定
個人信託で契約に含めることができるのは、契約時点で所有する資産のみです。相続発生時の遺産全てを信託対象とすることは出来ません。資産運用による利益など、信託財産からもれる財産がある場合には、あらかじめ遺言書で承継先を指定する(もしくは相続開始時に遺産分割協議を行う)必要があります。
日常生活のサポートは信託に含まれない
家族信託・民事信託の受託者には「身上監護権※」がありません。
老人ホームの契約や入院手続きなど、本人の日常生活をサポートする上で必要な手続きについては、原則として成年後見制度を併用する必要があります。
身上監護権とは
民法第858条に明記された「成年後見人の療養看護・心身の状態及び生活の状況への配慮」に関する権利義務です。法律で定められた成年後見・任意後見の各制度のみ認められています。
税申告時に手間がかかる
信託財産から不動産所得を得たときは、信託財産に関する明細書を添付の上で受託者が確定申告を行わなければなりません。
不動産以外の資産(株式や預貯金運用など)で年間3万円以上の収益が上がったときも、信託計算書を税務署に提出する必要があります。
個人信託の契約時には、税理士からの継続的なサポートも得られるよう、他業界と連携がとれる専門の法律事務所に依頼すべきです。
収益用不動産の損益通算が出来ない
信託財産内の収益用不動産から生じた年間収支赤字は、税申告時になかったものとして扱われます(租税特別措置法41の4の2)。
つまり、信託財産外から得た所得と赤字を合算して節税することが出来ません。また、その損失の翌年への繰越しも認められません。
資産運用の効率を信託前のまま維持するには、やはり税理士による提案やアドバイスが必要です。
まとめ
準備なく認知症発症を迎えてしまうと、所有資産が実質的に凍結状態となってしまいます。本人に判断能力があるうちに信頼できる人へ財産管理を任せておけば、この心配はありません。
判断能力低下時の財産管理人を定める方法には複数ありますが、最もおすすめなのは「個人信託(家族信託・民事信託)」です。
個人信託のメリット
- 段階的に財産管理を任せられる
- 承継人指定・二次承継対策ができる
- 重要取引も受託者の判断で行える
- 相続税対策&資産運用を受託者に一任できる
→生前準備を一括で出来る
ただし、遺言書作成と税制面サポートにより補わなければならない部分もあります。
手続きに詳しい弁護士の数も、まだ少ないと言わざるを得ません。他業種とも十分な連携がとれた専門の法律事務所への相談をおすすめします。